東京高等裁判所 昭和48年(行ケ)13号 判決
一 前掲請求原因のうち、原告を権利者とする登録実用新案につき、登録無効審決の成立及び訂正審決の成立、確定にいたる特許庁の手続及び登録無効審決の理由の要点に関する事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、右登録無効審決に取消事由があるかどうかについて審究する。
前項の事実によれば、右考案については、右訂正審決の確定により明細書中、登録請求の範囲が減縮訂正された結果、その訂正にかかる記載が出願の当初から考案の要旨をなすものとみなされることとなつたから、右登録無効審決においては、さような考案の要旨に即して登録無効事由の存否を判断すべき筋合であつた。しかるに、右登録無効審決は右訂正審決に先立つてなされたため、右考案について、やむをえないこととはいえ、右訂正前の登録請求の範囲の記載により考案の要旨を認定し、これに基づき登録無効事由の存否を判断したものというべきである。
しかも、訂正にかかる右考案の登録請求の範囲の記載から明らかなように右考案においては、石膏板(1)に貼着された表側厚紙(2)に油圧プレスによつて押圧された部分は石膏板(1)の内部に深く喰込む凹み模様を形成するものであるが、この事実に、成立に争いのない甲第六号証(右考案の訂正審判請求公告)中、訂正明細書の考案の詳細な説明の記載を併せ考えれば、訂正にかかる右考案は石膏板に貼着した表側厚紙を油圧プレスによつて押圧して形成された凹み模様部分が表側厚紙によつて完全に被覆された状態で石膏板の内部に深く喰込んでいることを必須の構成要件とするものと解する余地があると同時に、これにより、十分な吸音の効果と天井等に利用する場合における石膏粉末等の落下防止の効果を奏するものであることが認められるところ、右登録無効審決の前掲理由によれば、成立に争いのない甲第一号証(右審決謄本)を参酌しても、右審決は右考案の少なくとも右構成要件について明確には触れるところがないから、成立に争いのない甲第三、四号証(第一、第二引用例)にも右構成要件に関する構造が開示されているとは認められないことと相俟つて、右登録無効審決の理由は結局、右考案の要旨の認定及び各引用例との対比に関する判断において齟齬を生じ妥当を欠くに至つたものというべきである。被告は訂正にかかる右考案の登録請求範囲記載の事項から当然には凹み模様部分が表裏両厚紙により完全に被覆されることにはならないとして、この点を右考案の構成要件ではないと主張するが、必ずしもさように解すべきものとも考えられないことは前に説示したとおりであつて、これを覆し被告の右主張を容れることはできない。
次に、右登録無効審決は被告主張のように、右考案において凹み模様が「吸音効果を発揮する程度の深さを有する」ものと認定し、その部分が表側厚紙によつて完全に被覆されている点につき既に第一引用例に「凹み模様部分(その深さにおいて差があるとしても)が原紙で完全に被覆された構造」が示されているとの理由で考案性がないと判断しているが、訂正にかかる右考案においては、その構成要件として厚紙で被覆された凹み模様は石膏板の内部に深く喰込む程度の深さを有するものでなければならないのに、右審決のこの点に関連する認定、判断は必ずしもこれにそぐうものと云いがたいのみならず、第一引用例のものの凹み模様が前出甲第三号証(第一引用例)によつても石膏板の内部に深く喰込む程度のものとして示されているとは認めることができないから、結局、右審決の前記認定、判断が訂正にかかる右考案に適合して剰すところがないということはできない。なお、成立に争いのない乙第一号証の一ないし三、第二号証の一、二によれば、石膏粉末等の落下防止のため石膏板の表裏を厚紙で被覆する石膏ボードは当時周知事実であつたことが認められるが、その故に、右考案の構成要件に考案性がないとした右審決の判断は石膏板の内部に深く喰い込む程度の凹み模様がある構成をとつた訂正にかかる右考案についてまで直ちに妥当するものとは考えられない。
してみると、本件登録無効審決は結局、少くとも以上にみた限度において訂正にかかる本件考案の考案性の認定、判断を誤り、これに基いてその登録を無効とすべきものとしたことに帰着し、違法であるから、取消しを免れない。
三 よつて、その取消を求める原告の本訴請求を理由があるものとして、認容することとする。
〔編註〕 本件における請求原因は左のとおりである。
原告訴訟代理人は本訴請求の原因として次のとおり述べた。
一 原告は登録第八二九、七五九号実用新案(その名称「化粧板」、昭和三八年一二月二八日出願、昭和四二年六月二四日登録)の権利者であるが、右登録実用新案につき、昭和四四年九月二日被告から登録無効の審判の請求(同庁昭和四四年審判第七四七〇号事件)がなされ、特許庁はこれに基き昭和四七年一〇月六日右登録を無効とする旨の審決をし、その謄本は昭和四八年一月一七日原告に送達された。
二 そして、右審決は大要、次のような理由を示している。
本件考案の要旨は「石膏板(1)に表裏両厚紙(2)、(3)を貼着し、該表側厚紙(2)に油圧プレスにより凹み模様(4)を形成し、かつ、凹み模様(4)の部分を除いた表側厚紙(2)の部分を塗膜(5)で被覆し、この凹み模様(4)と塗膜(5)との色相を異ならしめた化粧板の構造」にあるものと認められる。もつとも、そのうち、「凹み模様(4)と塗膜(5)との色相を異ならしめた」点は、そのまま明細書の実用新案登録請求の範囲に記載されているわけではないが、明細書に、その唯一の実施例の場合につき表側厚紙として鼠色の厚紙を用い、塗膜(5)として白色塗料を用いると記載されるとともに考案の効果として、「凹み模様は塗膜(5)との色相が相違するため一層明瞭に表現され」と記載されているところからみて、これもまた、本件考案の構成要件に含まれるものと認められるのである。なお、右考案にいう「凹み模様(4)」は明細書に考案が「吸音効果を発揮する」とある点からみれば、単なる装飾に止まらず、少なくとも、「吸音効果を発揮する程度の深さを有する」ものであると解される。
ところが、特公昭三五―一一八四八号公報(以下、「第一引用例」という。)には、ボール紙様の原紙に熱可塑性樹脂エマルジヨンを塗付し、その塗付面に彫刻ロールにて押型模様を形成させ、その面に再び熱可塑性樹脂塗料を塗付して乾燥させた加工原紙を上紙とし、これと非加工原紙を用いた下紙との中間に、焼石膏と木屑粉との混合物を水で混練した泥状物を連続的に注加し、両紙をロールにて圧搾、成型の後、乾燥して形成した特殊加工石膏ボードよりなる化粧板が記載され、また、米国特許第三、〇一七、九四七号明細書(昭和三七年一一月二一日特許庁資料館受入、以下、「第二引用例」という。)には、繊維板をプレスにより押圧してこれに凹み模様を形成させた後、その表面の平面部のみにローラー塗装機で凹み部分の暗い色と色相を異にする明るい色を施した吸音材が記載されている。
すなわち、本件考案は板状素材にプレスにより凹み模様を形成し、その部分を除く表面部分を塗膜で被覆し、両者間の色相を異ならせた吸音作用を有する板である点で第二引用例のものと一致する。ただ、本件考案は、その素材として石膏板(1)に表裏両厚紙(2)、(3)を貼着したものを用いる点で、第二引用例のものが繊維板を素材に用いるのと相違するが、第一引用例の化粧板が二枚の原紙を素材に用いるのと構造上、何ら異なるところがなく、加えて、第二引用例のものにおいて、さような素材を代用しても、これから予期しえない特殊の効果が生じるものとも認められないから、本件考案が第二引用例のものと相違する素材を用いた点は当業者が第一引用例に基づき極めて容易になしうる程度のことであつて、特に考案があるものと考えることはできない。なお、原告(被請求人)の主張するように本件考案において凹み模様部分が表側厚紙により完全に被覆された構成は、それ自体、明細書中、実用新案登録請求の範囲に記載されていないばかりでなく、その効果も明細書中、具体的に記載されるところがないから、これを本件考案必須の構成要件とみることはできず、仮に構成要件とみたとしても、第一引用例のものもその製造工程からみて凹み模様部分が原紙で完全に被覆された構造を有するから、その点に特に考案があるとすることはできない。
以上の次第で、本件考案は第一、第二引用例に記載された考案に基づいて当業者が極めて容易に考案することができたものというべきであるから、実用新案法第三条第二項の規定に該当し、実用新案登録の要件を具備しないものであつて、これについてなされた登録は同法第三七条第一項第一号により無効とすべきものである。
三 しかし、原告は右審決の謄本送達後、昭和四八年三月二日本件考案につき、その明細書中、実用新案登録請求の範囲の記載を「石膏板(1)に表裏両厚紙(2)、(3)を貼着し、該表側厚紙(2)に油圧プレスによりその押圧された部分が石膏板(1)の内部に深く喰込む凹み模様(4)を多数形成し、かつ凹み模様(4)の部分を除いた表側厚紙(2)の部分を上記表側厚紙(2)の色より明るい色の塗膜(5)で被覆してなる化粧板の構造」と減縮する訂正並びに考案の詳細な説明の項の不明瞭な部分の補正及び誤記の訂正を求める旨の実用新案訂正の審判を請求し(昭和四八年審判第一七九六号事件)、特許庁は昭和四九年一〇月三〇日その訂正を認める旨の審決をし、右審決は確定したので、本件考案については実用新案法第四一条の準用する特許法第一二八条の規定により、訂正後の明細書に基づき実用新案登録出願及びその設定登録がなされたものとみなされ、したがつて、本件登録無効審決は、訂正前の明細書に基づいて登録要件の有無を判断しているため、その結論に誤りが生じ、結局、違法たるを免れないから、取り消されるべきものである。すなわち、訂正にかかる本件考案は(イ)表側厚紙(2)に油圧プレスにより凹み模様を押圧すること、(ロ)右凹み模様を石膏板(1)の内部に深く喰込ませること、(ハ)凹み模様部分を右厚紙(2)により完全に被覆することを構成要件の一部とするものとなつた。もつとも、右(ハ)の事項は明細書中、登録請求の範囲に記載がないが、右(イ)、(ロ)が構成要件であることに併せて、明細書中、考案の詳細な説明として、金型を用いて油圧プレスにより表側厚紙(2)を徐々に押圧し、その押圧部分の厚紙を損傷することなく、石膏板(1)内に深く喰い込ませて(押し込ませて)多数の凹み模様を形成し、その部分の石膏板を露出させないことという記載があることからみて、必須の要件と解すべきである。そして、本件考案の化粧板は以上の構成により、凹み模様が単なる装飾に止まらず、十分な吸音効果を奏するとともに、天井等に張設された場合、石膏粉末等の落下を防止することができるのである。そうすると、本件登録無効審決が本件考案の進歩性の判断上、第一、第二引用例との対比においてなした認定には本件考案の訂正にかかる構成要件のうち、右(イ)ないし(ハ)の点が認識に上らなかつたことによる誤りがあるものといわざるをえない。なお、右審決は右(ハ)の点については、これが構成要件であると仮定しても、第一引用例のものも同じ構造を有するから、特に考案性がないというが、右判断は凹み模様が右(ロ)の要件のように石膏板の内部に深く喰込ませて形成されていることを前提としているとはいえないのみならず、第一引用例のものの凹み模様は石膏芯体に達する程の深さを有するものではないから、右判断は妥当性がない。また、本件考案出願当時、被告主張の後記周知事項が存在したことは認めるが、右周知事項は表裏を厚紙で被覆した石膏板についての一般論たるにすぎず、それだけでは、本件考案の右(ロ)、(ハ)の構成に考案性がないということはできない。